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西村友彦




■略歴
1977年  大阪府高槻市出身
1996年  大阪府立茨木高校卒業
2003年  京都大学法学部卒業
2006年  司法試験(旧試験)合格(61期)
2008年  京都弁護士会入会 加藤・藤田法律事務所入所
2012年~ パートナー弁護士
2016年  労務調査士資格取得
2017年~ 大津の子どもをいじめから守る委員会委員

京都弁護士会子どもの権利委員会委員
京都弁護士会犯罪被害者支援委員会委員
医療事故情報センター正会員
NPO法人子どもセンターののさん正会員
宗教法学会正会員




■学生時代
学生時代は、高校、大学とスポーツに明け暮れました。

高校時代は硬式野球部に所属し、1番セカンドで、走塁が得意でした(守備とバッティングは苦手でした)。
弱小野球部で、3年生の夏の大会の一回戦でコールド負けしました。野球というスポーツに対する自分の限界を感じるとともに、スポーツに対しての不完全燃焼感が強く残りました。

そんな中、大学浪人時代(高校3年間ほとんど勉強していなかったので浪人しました)に京都大学ギャングスターズが、アメフトの大学王者決定戦である甲子園ボウルで法政大学を破り、大学日本一となった試合をテレビ観戦しました。私は「こんな男らしいスポーツがあるんか!しかもほとんどの部員が大学に入るまでアメフト未経験者なんやったら、俺もできるかもしれへん!野球では甲子園行けへんかったけど、アメフトで甲子園行けるやん!」と軽く考えたのでした。
この、どこまでもポジティブに自分の可能性を信じられるところは、私の長所だと思います。
そのようにして、京大に合格した暁には、絶対にギャングスターズに入部しようと決めたのでした。

めでたく翌春に京大法学部に合格した私は、入学前に決めたとおりギャングスターズの門を叩きました。
1回生からレギュラーチームに混ぜてもらったものの、1回生、2回生と2年連続で鎖骨骨折をしたり、干されるなどしながらも、3回生時から公式戦に出場させてもらえるようになりました。ポジションはFS(フリーセイフティー)とCB(コーナーバック)で、3回生時には、関西リーグトップのインターセプト(※1)をすることができました。
そのおかげと、私より有望な後輩が負傷していたおかげで、4回生の春に西宮ボウル(※2)にもCBとして出場させてもらいました。西宮ボウルでもインターセプトができ、よい思い出になりました。
4回生時はCBとして、前評判では圧倒的に不利とされていた立命館大学戦で、2つのインターセプトを記録することができ、勝利に貢献しました。しかし、関西リーグ優勝がかかった関西学院大学戦で完敗し、関西王者にはなれませんでした。大学4年間、一度も甲子園ボウルに出場することが叶いませんでした。

「日本一になる」という目標を叶えることはついぞできませんでしたが、大学時代に自分の全人格をかけて取り組み、学んだことは、今も様々な場面、局面で私の礎となっています。

※1 相手のパスを奪い取るプレーです
※2 当時開催されていた東西大学オールスター戦です




■モットー
モットーは,「もっとええもんがあるんやないか」です。

これは、私の大学時代の恩師である水野彌一氏から教わったことです。
今その瞬間にベストと思えたことでも、すぐ次の瞬間には、まったく意味をなさなくなっているということがあり得ます。特に、目まぐるしく状況が変化していく現在の社会において、このことはとてもよく当てはまると思います。

それにもかかわらず、自分の考え方や価値観に固執し、「もっとええもんがあるんやないか」という視点を持たないと、その状況変化から置き去りになってしまいます。

「もっとええもんがあるんやないか」と考え、常に自分の客観的位置を見直し、自分は何をすべきか、ご依頼いただく方のために、社会のために何ができるのか、ということを求め続けなければならないと思っています。
それが、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする、弁護士としての私の在り方です。




■仕事以外の時間の過ごし方

オートキャンプに熱を上げています。ゆくゆくは、キャンピングカーを購入して、のんびり日本全国を回るのが目標です。



また、2015年からフラッグフットボールというスポーツを始めました。
フラッグフットボールというのは、アメフトのように直接体をぶつけ合うことはせず、タックルやブロックを禁止して、腰に付けたフラッグ(細長い布)を取ったらタックルしたことにする、という、アメフトの良さを残しつつ安全に配慮したスポーツです。

フラッグフットボールプレー時